動悸がする、めまいがする、頭痛がする、イライラする、疲れやすい、なんとなく体調がすぐれない、などいわゆる「不定愁訴」の原因として「鉄不足」が関与していることが少なくありません。
2009年『国民健康・栄養調査報告』によると、日本人女性において。平均血清フェリチン濃度(体内の鉄分の指標)が14ng/ml未満と顕著に低い値の女性は全体の23%、20代-40代に限定すると50%弱も占めています。他の先進国においては鉄不足対策を講じている国が多く、その割合は10-20%ほどであり、それらと比べると日本は「鉄欠乏大国」と言えます。
鉄不足は、鉄の摂取量の少なさ(食事)、月経、妊娠が原因となることが多く、男性よりも閉経前の女性で問題となります。
鉄分の栄養状態と閉経前女性:鉄不足が身体的・神経心理学的パフォーマンスに及ぼす影響
鉄不足と健康に関するネット記事や書籍がたくさん出ていますし、役に立つものも多いですが、中には胡散臭い内容のものもあったりします。頭の整理のために、なるべく学術的な視点で正しい情報を収集すべく、こちらの論文を読んでみました。
この論文を参考に、以下のことに触れたいと思います。
1. 鉄不足の定義(鉄欠乏症と鉄欠乏性貧血)
2. 鉄不足の身体的パフォーマンスへの影響
3. 鉄不足と仕事の生産性
4. 鉄不足と認知能力
5. 鉄不足とメンタルヘルス
1. 鉄不足の定義
鉄分が不足すると貧血になります。「鉄欠乏性貧血」というやつです。
しかし、貧血までは至っていないけれど鉄不足である、という状態もあります。これを「鉄欠乏症」と言います。
正常 ⇔ 鉄欠乏症 ⇔ 鉄欠乏性貧血
定義は色々あるようですが、概ねこんな感じです(ちょっと簡略化しています)。
(1) 鉄欠乏症(ID;iron deficiency); 鉄の貯蔵量の減少
(2) 鉄欠乏性貧血(IDA;iron deficiency anemia) ;鉄の貯蔵量の減少とヘモグロビンの減少
2. 鉄不足の身体パフォーマンスへの影響
鉄不足になると、貧血(ヘモグロビン値の低下)になり、酸素運搬能力が低下し、その結果、最大酸素消費量(VO2max)が低下し、運動能力、身体的パフォーマンスが低下します。
しかし、酸素運搬能力以外にも鉄には様々な働きがあります。
鉄は、造血を担う骨髄以外に腸や肝臓、腎臓、筋肉、脳など様々な部位に存在し、タンパク質や酵素に取り込まれ、酸化能力(tissue oxidative capacity)に関わり様々な役割を果たします。
酸素輸送、エネルギー代謝、免疫、認知などを含む多くの生物学的システムに関与し、生物にとって不可欠な微量元素であるということがわかってきています。
鉄不足が生じると、これらのシステムが円滑に働かなくなってしまいます。つまり、貧血にまで至っていなくても、鉄分が不足することで身体に様々な悪影響が生じうるのです。
IDAは酸素運搬能力と組織の酸化能力の両方に影響を与えます。
IDは組織の酸化能力にのみ影響を与えます。
組織での酸化能力の低下は、エネルギー効率低下(energetic efficiency)に繋がります。
(IDAまで至っていない)IDでも、持久力低下、有酸素適応(aerobic adaptation)低下、代謝反応(metabolic responses)低下、筋肉疲労など身体的パフォーマンス低下を助長することが複数の研究で示されています。
また、それに対し鉄剤を投与することで改善するという報告もあります。
3. 鉄不足は仕事の生産性を低下させる
このようなことが示されている研究はIDAが中心なのですが、IDでの報告もあります。
そして、そのような人たちに鉄分を補給することで改善が期待できます。
・鉄分を補給したIDおよびIDAの女性は、プラセボの介入を受けた女性に比べて、1日あたり約30分長く身体活動を行っている。
・疲労を訴えるIDの女性を対象に、経口鉄剤(80mg/日)を投与したところ、プラセボ投与群と比較して疲労が有意に減少した。
4. 鉄不足の認知能力への影響
鉄は、黒質、深部小脳核、赤核、側坐核、海馬など脳内に広く分布を示しています。
介入研究でも鉄分補給による認知機能の改善が報告されています。
5. 鉄不足とメンタルヘルス
先記のように、脳にも鉄分が分布され、重要な働きをしていますのでいわゆるメンタルヘルスにも大きく関与していることは不思議ではありません。
・観察研究では、ほぼすべての研究が鉄の状態と情動の関連性を報告しています。高い一貫性を示しており、おそらくその関連は真実なのだと思います。
・抑うつ症状を主なアウトカムとした研究では、ほぼすべての研究で、生殖年齢の女性の鉄分濃度の低さと抑うつ症状との関連が報告されています。
・ほぼ全ての介入研究で、鉄分補給後に情動の改善が観察されます。
あなたの心身不調の原因は鉄不足かもしれません
鉄不足が貧血を来すのみならず、様々な影響を心身に及ぼすことが多くの論文で示されていることがわかりました。それが「不定愁訴」という形で表出することは十分ありえることだと思います。
普通の健康診断などでは異常は認めないものの、何らかの心身の不調を感じる場合は鉄不足が関与している可能性もあります。通常の健診では鉄不足に気づかない可能性が高いです。
心当たりのある方は、一度ご相談ください。
鉄不足対策
海外では、穀物に鉄分を混ぜたり国レベルで鉄不足対策を講じています。60 件の無作為化比較試験をレビューした結果、食品の鉄強化はヘモグロビン と血清フェリチンの有意な増加をもたらし、ID とIDAのリスクを低下させるという結論でした。
日本では対策が遅れていますので、自分の身は自分で守らないといけません。
追記:こちらもどうぞ
【参考文献】
McClung J.P., Murray-Kolb L.E. Iron nutrition and premenopausal women: Effects of poor iron status on physical and neuropsychological performance. Annu. Rev. Nutr. 2013;33:271–288. doi: 10.1146/annurev-nutr-071812-161205.